中国高度経済成長の虚構と崩壊の危機
(雑誌未掲載論文)
中国高度経済成長の虚構と崩壊の危機
▼中国高度経済成長の牽引力とその限界
2002年から2007年までの6年間、中国経済は毎年連続10%前後の高い成長率を記録し、止まるところの知らない繁栄と膨張を続けているように見える。
しかし、その内実を見てみれば、一つの大きな問題点が潜んでいることが一目で分かる。たとえば2007年度において、経済全体の成長率は11.4%であったのに対して、全国の固定資産投資の伸び率は前年比24・8%となっている。
つまり、経済全体の成長に対して、固定資産投資だけはその二倍以上の伸びを見せている。固定資産投資の拡大が経済成長全体に占める割合の異常な大きさは一目瞭然である。それは要するに、固定資産投資の拡大が大きな原動力となって経済全体の成長を引っ張ってきた、という経済成長の構図である。2007年度に限らずにして、それまでの6年間、中国経済はずっとこのような構図でやってきたものである。実際、2007年以前、固定資産の伸び率はさらに高かった年度もある。
しかし、早くも2006年度から、こうした固定資産投資頼りの経済成長はもはや限界に来ているのである。今までの固定資産投資増大の一翼を担ってきたのは、いうまでもなく不動産投資の連続的拡大である。それが、1998年から2006年までの9年間、中国における不動産販売面積が毎年に平均して25%の伸び率を記録してきたという驚きの実績からも分かる。
その結果、中国国民の住宅事情が急速に改善されている。都市部住民の場合、2006末の時点では、「住居私有率」(日本でいう持ち家率)がすでに80%に達しており、一人当たりの平均住居面積は26平米を超えている。だとすれば、少なくとも中国の都市部においては、不動産業はもはや以前のような急成長を望めなくなるのは当然のことである。今まで中国経済全体の成長を牽引してきた原動力の一つである不動産産業の成長は、もはや頭打ちに来ていることが明らかである。
不動産投資と並んで、固定資産投資のもう一つの重要部分はすなわち企業による設備投資である。過去六年間、それはまた、中国の経済成長を支えてきたもう一つの柱である。しかし今、「成長のエンジン」とされるこの領域にも、異変が生じてきているのである。2006年に入ってから、中国のマスメディア、特に経済関係の専門紙・専門誌などで、「産能過剰」という新造熟語が目立つようになってきた。それは文字通り、「生産能力の過剰」という意味である。
2006年4月に、中国人民銀行天津分行研究処の研究員グループが発表したレポートによると、中国の主要工業品目で軒並み生産力が過剰になっており、一部には生産能力全体の六割が余剰であるという深刻な業界も出ている。
主要工業品目のうち、たとえば鋼材が年間生産力の四億七〇〇〇万トンに対し余剰生産力が一億トンであり、セメントが十三億五千万トンに対し余剰が三億トンであるという。
これからの成長がもっとも見込まれている自動車産業の場合、2005年末の時点で、現存している自動車工場の年間生産力の800万台のうち、230万台が過剰となっていた。もう一つの花形産業である通信機器業となると、たとえば携帯電話の年間販売量は7千万程度であるのに対して、生産能力だけが5億台にも達し ているのである。
中国商務部の高虎城副部長もこの年の4月中旬に開かれた関連会議において、「一部業界における過度投資の結果、産能の過剰は日を益して深刻化している。鉄鋼・セメント・電力・石炭・紡績などの主幹産業はすべて過剰状態となった」と指摘している。
以上は、2006年の時点における中国の「産能過剰」の実態であるが、「産能」の過剰はそのまま、商品の供給能力の過剰を意味する。2007の年初に中国商業部から発表された一つの統計数字がそれを裏付けている。それによると、2006年度において、国内の主要消費品品目の七割近くは「供給過剰」になったという。例えばたばこ・酒類などの嗜好品の「供給過剰率」は36%に達しており、薬品類となると、実は五割の品目が供給過剰になっている
言ってみれば、鉄鋼業から自動車産業まで、たばこの供給から薬品の供給まで、中国の経済と人々の生活を支えている重要産業の大半は「産能過剰」に陥っている。中国経済はかつて経験したことのない深刻な事態に直面するようになったのである。
経済というのはもともと供給と需要のバランスの上に成り立つものだから、生産=供給能力がそれほど過剰してしまうと、経済全体のバランスが完全に崩れたと言ってよい。
実は当の中国政府も危機感を募らせている。2006年11月に、国家発展開発委員会の主任を務める馬凱氏が公の場で「過剰投資の取り締まりは中国の急務だ」と発言したのも、こうした危機感の現れであろうが、2007年3月に、中国の経済運営の総責任者である温家宝首相は全国人民大会閉幕の記者会見にて、「中国経済が経済全体のアンバランスなどの構造上の巨大問題を抱えている」と率直に認めていたのである。危機感を覚えた中国政府は、この問題への対応策として、2007年に入ってから「内需拡大」の経済政策を打ち出した。国内需要を拡大させることによって「産能過剰」を解消する方策である。しかし1年間経ってみると、中国政府の内需拡大政策はそれほどの成果をあげているとはとても言えない。2007年度の各経 済指標を見ていますと、固定資産投資の伸び率は前述の24・8%であったのに対して、消費者小売総額の伸び率はそれを大きく下回った16.8%という数字に止まっている。需要の増大は依然として生産能力の増大に追いつかない状況である。
▼ネックとなる社会保障の欠如と中産階級の不在
中国政府の内需拡大政策はどうして功を奏することができなかったのか。その最大の原因はもちろん、国民の消費意欲の低迷にある。2000年代に入って以来、中国は固定資産投資の継続的な拡大によって驚異の高度経済成長を維持してきた一方、政府と経済界が常に頭を悩まされている大問題の一つはすなわち、中国全体における構造的な消費不振である。
中国の消費不振は、多くの統計数字によって確認されている。一国のGDP(国内総生産)に占める個人消費の割合を示す「個人消費率」という数値があるが、アメリカのそれはたいてい70%程度で、日本の場合は常に60%前後である。しかし中国の場合、2006年度の数字では、それがわずか37%であった。
経済全体に占める消費の割合はいかに低いかがよく分かる。しかも、1991年年度における中国の個人消費率は48.8%だったから、16年間連続の経済高度成長のなかで、個人消費の割合はむしろ縮小する傾向にあることも分かった。言ってみれば、経済が成長すればするほど、庶民たちの財布のひもがますます堅くなっている、という不思議な現象が起きているのである。
それは一体どういうことなのか。1つの大きな原因はやはり、中国における社会保険システムの不備である。たとえば医療保険の場合、2005年11月に中国政府が公表した資料によると、2005年の段階では、中国全土で、都市部住民と農村部住民を含めた国民の何と85%以上は、いっさいの医療保険(健康保険)に入っていないのである。
2005年から2007年までの2年間、多少の改善が見られたのだが、国民の大半はいっさいの医療保険を持っていない現状は今でも変わっていない。先進国に住む人間ならほとんど信じられないような話だが、それが今の中国の紛れもない現実なのである。
しかし、経済の高度成長にしたがって、医療費の方は高騰する一方である。たとえば大都市の上海では、一人当たり可処分所得は月1600元程度であるのに対して、病気になって病院へ行く場合、一人が1回の診察ごとに支払う平均医療費は500元前後にものぼる、という統計数字が最近に出ている。つまり、庶民たちは病院へ一度診察しに行くだけで月給の3分の1程度が飛んでしまう、というご時世である。そうなると、一般の庶民たちは多少の稼ぎがあってもそれを消費せずにして、いざという時に備えて貯蓄に励むのはむしろ当然の経済行為となるのであろう。その結果、消費の長期的低迷の問題が生じてくるのである。
消費の低迷をもたらしたもう一つの構造上の原因は、やはり貧富の極端な格差である。次章の「中国の社会問題を知るポイント」でもそれを取り上げる予定だが、実は現在の中国における貧富の格差の拡大は、単なる社会問題ではなく、立派な経済問題でもある。
『中国財政報』という経済専門紙の2008年1月10日付の掲載論文によると、現在の中国では、国民全体の総収入額は100だとすれば、総人口の20%を占める低収入層の得る収入額は全体のわずか4.7%であるのに対して、人口の10%を占める高収入層の収入額は何と、全体の50%を占めている。また、2007年10月30日に発表されたボスデンコンサルティングの報告書によると、中国全人口のわずか0.1%の富豪層はじつは全国の個人資産の41%を掌握しているという。中国における富の集中度と貧富の格差の大きさはまさに驚くべきほどのものである。
それは勿論、国民全体の消費動向に大きな影響を与えている。人口の20%の低収入層は食べていくのに精いっぱいだから、消費しょうとしてもそのためのお金はまったく持っていない。一方の富裕層は、けっしてその収入分に比して大いに消費しようとはしない。その理由が簡単である。彼らの持っているお金はあまりにも多すぎるため、そのわずかな分だけ消費すれば欲望の満足にはもはや十分だからである。たとえばの話だが、百万長者はその収入の半分の50万ドルを消費に使うかもしれないが、億長者となると、5千万ドルを消費に使ってしまうようなことはめったにない、ということである。
一般的にはいえば、どこの国でも、消費の主力となるのは上述のような「低収入層」と「高収入層」ではなく、むしろその中間の中流階級である。だから、消費がもっとも安定しているのは中流階級層のもっとも厚い国である。しかし、それもまた、中国社会のもっとも欠如している部分である。スイスに本拠を置く世界有数の規模を持つ金融グループであるUBSの試算では、現在の中国において中流階級と認定できる人々の数はわずか2500万人程度で、総人口の2%にすぎない。とても頼りになるような存在とは言えないのである。
このような状況下では、特に2000年代以来、中国経済はずっと、出口のない袋小路に入ってきたかの感じである。つまり、構造的な消費の不振のなかで、高い経済成長率を維持していくためには結局、固定資産の投資をよりいっそう拡大しなければならないが、その結果、前節で記したような「産能過剰」の問題が生じてきて、供給と需要のバランスがますます悪くなる一方である。
こうなると、投資拡大頼りの経済成長はもはや限界であることは明らかであるが、それでもやはり、投資の拡大をすぐに止めるわけにはいかない。消費は依然として低迷している状況下で、投資の拡大をやめてしまえば、経済全体の伸び率は落ちていくしかない。しかし、この章の次節でとりあげる予定の失業問題への対策 の理由上、中国政府は経済成長率の低下を何よりも恐れていて、何としても一定の成長率を死守したい。そのためには結局、さらなる投資の拡大に依存しなければならないから、経済構造のアンバランス問題はますます深刻化していくのである。
言ってみれば、現在の中国経済はまさにカンフル剤に依存している病人のようなものである。実際、「産能過剰」の問題や不動産業のバブル化の問題が2006年の段階ですでに顕在化しているにもかかわらず、2007年の中国経済の実績を見てみると、この年における固定資産投資は依然として前年比24.8%の高い伸び率となっている。その中でもとくに、不動産開発投資額は前年比30.2%の増加である。
▼失業大国の国民経済の抱えるジレンマ
日本では、バブルが崩壊した後の1990年代、大学卒業生の就職難で「就職氷河期」という言葉が流行ったことがあるが、実はいまの中国は、経済繁栄の最中でも、かつての日本以上の「超氷河期」を経験しているのである。
中国の場合、新学期が始まるのは9月だから、大卒の就職も9月となるので、毎年の夏は、いわば就職前線の山場となるわけである。2007年7月24日、中国2番目の国営通信社である中国新聞社は、その自社サイトである「中国新聞網」で、この年における就職前線の厳しさを次のようにレポートしている。
優良企業からの募集がたいへん少なかったため、国家と地方の公務員となることは、大卒たちにとってもっとも人気のある就職口である。しかしその競争率は並ではない。1名の募集枠にたいして平均的に42名の応募者が競わなければならない。もっとも人気のある対外貿易部門などの政府官庁からの募集となると、一つのポストに、何と4000人以上の競争者が殺到してしまうのである。
こうした厳しい競争から落ちて、まあまあ程度の企業にもできなかった者たちは結局、「就職口さえあればどこでも良い」という状況に追い込まれている。某都市の最大の葬儀屋は、5名の大卒をスターフとして募集するとの求人広告を出すと、1週間内に実は、500名からの応募があったという。その中には、今の胡錦濤主席の母校である清華大学のエリート大学生も含まれているらしい。そして、多くの文科系の女子大生となると、「家政補佐職」という名の家政婦として就職するのは最後の助け舟となるのである。
以上は、「中国新聞網」によって報じられる就職前線の厳しい事情である。一昔前、大卒がすなわちエリートだと見なされるこの中国で、葬儀屋からの5名の募集に500名の大学卒業生が殺到するとは、もはや同情すべき苦しい事態であるが、今のご時世では、葬儀屋に就職できるのはまた良い方である。
2007年度の就職が終わってから2が月後の10月31日、中国教育部(文部省)の王旭明報道官が記者会見にて発表したところによると、2007年度に大学を卒業した500万人のうち、この年の9月末までに依然として就職できずにいたのは144万人で、全体の28.8%にあたるという。中国の場合、政府の公式発表の数字はたいてい「良い方」に修正されてからのものであるとは一般的な常識であるが、上述の発表から見ただけでも、2007年度の大学卒業生の約3割程度が就職できなかった、ということになっている。
そして2007年の秋から、2008年度の就職前線がすでに展開され始めているが、2007年11月11日、地方都市の大連で開かれた一度の企業説明会では、出店した350の企業が8000個の就職口を用意してきたのに対して、何と全国から10万人以上の応募者が会場に集結したと報じられている。2008年度の就職前線は、ますます厳しい状況となりそうである。
就職難なのは何も大学卒業生だけではない。2007年6月、中国労働社会保障部(日本の厚生省にあたる)が中国現在の雇用事情と今後の予測にかんするレポートを発表している。それによると、現在、中国の都市部では毎年、2400万人の新規求職者が職を求めることになっているが、彼らに提供できる就職口は約1200万個であるから、半分の1200万人が就職できずにして新たな失業者となる。つまり、都市部だけでも、毎年に1200万人の人々が失業者の大群に加わることに なるのが現在の中国の雇用事情である。
農村へ行けば事態はさらに深刻である。上述のレポートによると、中国の農村部からは、約2億人の労働力は出稼ぎ労働者として都市部へと流出している。しかしそれでも、農村部ではまた、約1億2千万人の人々が「余剰労働力」、すなわち失業者となっている。つまり、日本の総人口に匹敵するほどの人たちは、都市部へ出稼ぎに行っても稼ぎ口がなく、農村に止まっても農業に吸収され切れずにして、ただの「余剰」者としてうろうろしているわけである。
このようにして、毎年に就職できずにして労働市場から吐き出された百数十万人の大学卒業生と、一年間で1200万人と増える都市部の新規失業者と、そして常に失業状態にある農村部1億2千万人の「余剰労働力」を抱えて、今の中国は、まさに失業者だらけの失業大国となっている観がある。
問題は、このような事態が、けっして経済が落ちている時期においてではなく、むしろ中国の経済が10%以上の驚異な成長率を成し遂げている最中において起きているのだ、ということである。つまり、経済が繁栄しているにもかかわらずの大失業なのである。
だとすれば、経済の成長は多少でも減速していけば、あるいは経済が落ちていく方向に転じていくことになれば、この国の雇用事情は一体どうなるのか。それはもはや、目の前が真っ暗となるような前景であろう。そして、失業はそれ以上に拡大していくと、それがやがて深刻な社会不安を引き起こし、大変な政治問題となっていくのが明らかなことである。
だからこそ、今の中国政府は、経済成長の減速、あるいは経済の失速を何よりも恐れているのである。しかし、内需拡大のネックとなる構造的な消費不振の問題を解決できないままでは、中国政府には経済の持続的な高度成長を維持していくための決め手が何もない。しかも、失業の拡大と消費の不振との間には 相乗的な因果関係があるとは自明のことである。つまり、長期的な消費不振は企業の生産意欲を低下させるものだから、それが当然、さらなる失業の拡大をもたらす結果になるのだか、失業者がさらに溢れていると、消費はますます冷え込んでいくことになっている。
結局、経済の減速を恐れている中国政府は、成長のスピードを維持していくために、やはり固定資産投資の継続的拡大をある程度容認しなければならない。カンフル剤だとわかっていながらも、それを飲むしかないのである。まさにそれが原因で、2005年、2006年の段階から、中国政府はすでに「過剰投資」のもたらした「経済過熱」の問題を認識していながらも、「過剰投資」の拡大に思い切ったブレーキをかける覚悟ができないままである。そしてその結果、まさにその時から、継続的な「過剰投資」の拡大がやがて、史上最大のバブル経済を生み出すにいたったのである。
▼史上最大の不動産バブルの膨張とその「黒幕」
2007年12月下旬、中国杭州市の不動産市場で一つのとびきりのニュースが多くの人々を驚かせた。杭州の名所である西湖の畔にたてられた一棟の新築分譲マンションが、11万~12万人民元/平米の価格で売り出されたのである。
中国でマンションを売る場合、建築面積の平米単位で値段を表示するのが普通である。上記の分譲マンションは一戸の平均面積は120平米だから、平均的に計算すると、一戸の値段は1320万人民元から1440万人民元不等である。現在の為替レートでは、1万人民元は約日本円の15万円になるのだから、大ざっぱに計算していくと、中国の杭州で売り出された上記のマンション物件は、一戸の平均価格は、日本円の1億9800万円から2億1600万円不等となっている。日本のバブル期には、東京の一等地で「億ション=億円以上のマンション物件」が売り出されたことで話題を呼んだことがあるが、今の中国では、それを上回った「2億ション」が堂々と登場したのである。
ちなみに、同じ去年の2007年、上海の中心部でも11万元/平米の「数億ション」が売り出されたことがある。中国の経済規模でいえば、現在では世界第3位のドイツを超えるかどうかが微妙だから、世界第二位の日本のそれよりは小さいはずだ。しかも総人口は日本の10倍であるから、平均的な中国人は日本人よりははるかに貧乏でなければならない。実際、今の中国の一般市民の平均月給は、良い方でもせいぜい300 0人民元=45000円である。このような中国で、日本円にしては2億円か数億円のマンション物件が売られているとは、まさにおとぎ話のような奇怪な現象である。市民の平均月給から計算すると、一人の一般市民は上記の物件一つを買うのに、飲まず食わずにして300年以上も働かなければならないのである。
勿論それは、観光地の杭州に限られた個別的な現象ではない。ここ数年間における中国各都市の不動産価格の暴騰は目を見張るものである。たとえば北京市中心部の不動産(住宅)価格は、2003年夏の時点では8000元/1平米が平均の相場だったが、2007年8月現在では、それはすでに20000元/1平米に跳ね上がった。ただの三年間で2.5倍の上昇である。北京市統計局が公表した2006年度の北京市民の平均年収は3万6000元程度であるから、北京市民の一人が年収の半分を果たしても住宅の一平米も購入できない計算となる。異常というしかない高騰ぶりである。
一般的な常識からすれば、国全体の経済実力と一般庶民の購買能力からそれほどかけ離れている価格の暴騰で支えている不動産業の繁栄は、それが間違いなく、「不動産バブル」と呼ぶべきものであろう。今の中国は、かつての「億ション」によって象徴された日本のバブル経済以上の、正真正銘のバブルを生み出しつつある のである。
実際、2007年から、中国国内からも不動産バブルの膨張にたいする警戒の声が上がっている。2007年1月に発表された中国社会科学院の研究報告は、「全国の不動産価格のバブル化は憂慮すべき事態である」との懸念を示したのに続いて、この年の夏には、高名な若手経済学者で中国社会科学院金融研究所の易憲容研究員が不動産価格の高騰について「これは間違いなくバブルであり、バブルは必ず崩壊する時期が くる」と発言して大きな波紋を呼んでいる。「中華工商時報」という新聞も2007年7月3日付の掲載記事で「北京の不動産は価格の暴騰が実際の価値から大きく遊離しているから、不動産投資のリスクが増大している」との警告を発しているのである。専門家からの警告だけでなく、中国の一般国民の間でもバブルにたいする共通認識が形成されつつある。中国青年報が2007年1月に行った世論調査では、96.8%の回答者が「中国の不動産はバブルである」との認識を示した、との調査結果が出ている。中国における不動産バブルの存在は、もはや否めない事実なのである。
にもかかわらず、少なくとも2007年秋までは、中国全不動産価格は一度も下落したことがなく高騰し続けた。それに伴って、2007年度における不動産開発投資額は前年比30.2%の増加となり、ここ数年間における最高の伸び率を見せている。あたかも13億の中国人民は、バブルの存在を承知していながら、そのバブルをよりいっそう膨らませるために狂奔してきたかのような勢いである。
それは一体何故になのか。前節において分析した、失業の拡大を食い止めるために「過剰投資」の継続を容認しなければならないという中国経済のジレンマはバブルを生みだした構造的な要因であろうが、不動産バブルのそれぼとの膨張には、他の理由もあるのだ。
2007年九月に、新華通信社が開設する自社サイドの「新華網」は、「不動産価格高騰の黒幕は誰か」とい報道特集を組み、不動産バブルの継続的拡大の秘密を探った。それによると、当の不動産業者以外に、不動産価格高騰の「黒幕」はすなわち、地方政府とマスコミと成り上がりの経済学者の「三大悪役」であるという 。
まず、「儲け主義一点張り」の地方政府は、不動産業を地方の財政と幹部たちの個人的収賄の主な財源としているから、彼らは陰に陽に、政治的権力を利用して不動産業者たちの価格釣り上げ戦略をサポートしている。
2番目の「黒幕」は大手不動産開発業者によって操られるマスコミである。その主な「任務」はすなわち、不動産市場価格が今後も上がり続けるという大風呂敷を広げて見せることである。新聞、雑誌、テレビ、ラジオなどのマスコミは例外なく毎日商品房の販促広告を出しており、商品房の売れ行きが非常によいというメッ セージを盛んに伝えている。
それに加えて、一部の成り上がり経済学者は不動産市場価格のつり上げに加担している。例えば、金利引き上げで不動産価格がもうすぐ下がるという声が上がると、政府関連の研究機関に要職を占めている経済学者はさっそく出てきて、中国の不動産市場価格は下がるどころか、きっと今後20年以上上昇し続けていくという見方を示すのである。彼らは不動産業者に買収されて、その意のままに発言するという「資本の手先」に成り下がっている。要するに、地方政府とマスコミと学者がグルとなって不動産業者と結託して、情報操作による不動産価格のつり上げに躍起になっている、という構図である。
その一方、「炒房者」と呼ばれる不動産投機者の活躍も目覚ましいものである。例えば、上海市ではこうした不動産投機者によって買われた商品房(商品物件)が全体の40%を占めるという。勿論彼らの活躍こそは、不動産価格を高騰させた最大の原動力なのである。
このように、「炒房者」たちによる投機的な経済行為と、業界の手先と成り下がった地方政府・マスコミ・経済学者による無責任な助力と相まって、全国の不動産価格はその実際の価値から大きくかけ離れて、驚くべきほどの高値にまでつり上げられている。その結果、史上最大の不動産バブルは中国において見事に出来上がった、ということである。
▼中国経済のダブル・バブルとその崩壊の兆し
不動バブルの膨張とは同時進行的に、実は2006年の年頭から、中国ではもう一つのバブルが急速に膨らんできている。それはすなわち、株市場のバブルである。2006年1月には1200ポイントだった上海株の総合指数は、2007年4月に3000ポイント台に上がり、わずか一月後の5月初旬には、さらに4000ポイントの大台を超えた。1年4カ月余りで3.4倍に膨らんだわけである。
実はその時点から、このような急スピートの株価上昇はバブルではないのかとの危惧の声が上がっている。中国人民銀行(日銀にあたる中央銀行)総裁の周小川氏が「中国株市場のバブル化」について懸念を表明したのに続いて、香港著名実業家で金融家でもある李嘉誠氏は「中国の株式市場は確かにバブルが存在している」と断言したうえで、その「崩壊」にたいする憂慮も表明している。米連邦準備制度理事会のグリーンスパン前議長も5月下旬、過熱 する中国株の「劇的な収縮」にたいする懸念を示した。
それで、中国、香港、アメリカのそれぞれにおいて、この道の権威ある人々がそろって中国の株市場がバブルであると断言し、その崩壊にたいする懸念を表しているのである。にもかかわらず、当の中国人民はいっこうに気にせずにして、この史上最大の株投機に殺到している。2007年5月の段階では、株投資に参入するための証券口座数は1日平均50万口座ずつ増えていて、5月の下旬には1億口座にも達している。言ってみれば、ネコも杓もいっせいに株市場に没頭して、株価をよりいっそ うの高値へと押し上げていく盛況ぶりである。
その結果、2007年8月28日という時点で、上海指数は5200点を突破し、10月にはつい、史上最高値の5914ポイントに登った。このように、2007年という年において、中国の不動産バブルと株バブルが同時進行的に膨らんできて、その最盛期を迎えた観である。私自身はそれを名付けて、「中国経済のダブル・バブル」と呼ぶことにしている。
しかしその直後に、二つのバブルの崩壊していく兆しが早くも見えてきたのである。
まず株の方を見てみよう。2007年11月2日、一時に史上最高の5914ポイントに達した上海総合指数は突如下落して、一気に5777ポイントにまで下がった。その十日後の11月12日、上海総合指数はさらに下がって5187ポイントとなった。そして22日、後に「黒い木曜日」と名付けられた悲劇の日が上海の株市場に訪れた。上海総合指数はとうとう5000ポイントの防御線を突破して、4984ポイントに急落した。
結局、2007年11月の1か月内に、上海市場での株価は千点以上も下がり、下落幅は19%近くもあった。まさに暴落というべきものである。それ以後、中国の株価は乱高下を続けながらも全体としては下落の方向にあり、2008年1月28日現在では、上海指数は4419ポイントである。2007年11月2日からの3カ月足らずの期間中、上海株は約28%も落ちたのである。この原稿を書いている2008年1月30日現在、下落の傾向は依然として続いている。
その一方、不動産業界の状況も芳しくはない。2007年10月以来、上海、深?などの南方の経済大都市では、不動産物件の販売件数の大幅な下落が話題となった。たとえば上海の場合、10月における「商品房」の販売件数は9月の実績と比べると約19%も減った。深?の場合、先月比の下落の幅は何と5割にも達していた。
販売不振の後にやってくるものは価格の下落である。2007年11月に、広州市の不動産価格は10%下がり、深?のそれも1割程度下落した。「絶対落ちない」との神話を作り上げてきた中国の不動産はその最前線からの下落を始めたのである。
年が明けて2008年になると、下落はやがて首都の北京にも及んだ。2008年年1月11日、中国中央電視台は昨年12月に北京市の不動産価格は大幅な値下がりを記録したことを伝えた。深セン市、広州市、上海市に続く不動産市場下落のニュースは本格的な下げ相場に突入した可能性を示唆している。それによると、12月に北京市中心部の不動産価格は20%前後の下落を記録し、その周囲でも7%程度の下落となったという。
この年の夏の五輪開催を控えて、北京の不動産は絶対の値上がり筋だと見なされてきたが、この北京でも大幅な下落が見られたのであれば、中国における不動産バブル崩壊の足音がすでに聞こえてきたのである。
そして2007年の秋から、中国の経済にもう一つの問題が顕在化してきた。インフレの傾向が徐々に強めてきたことである。中国国家統計局が2007年11月13日に発表した2007年10月の消費者物価指数(CPI)では、対前年同月比上昇率が前月比3ポイント上昇の6.5%となり、07年3月以 降8カ月連続で警戒ラインの3%を超えたという。なかでも野菜、肉などの生鮮食品価格の上昇がCPIを押し上げたが、豚肉と野菜はそれぞれ54.9%、29.9%の値上がりした。
2007年12月の消費者物価指数の対前年同月比伸び率がさらに6.6%に上がり、インフレの傾向はよりいっそう強めた。この原稿を書いている時点では、2008年1月の統計数字がまた出ていないが、物価がさらに上がっているだろうとの観測はもっぱらである。
多くの貧困層を抱える中国社会では、庶民の食卓を直撃するインフレの行進はいずれか深刻な社会不安を招きかねない。2007年の末から、危機感を覚えた中国政府は、ようやく決心して経済の過熱に急ブレーキをかける政策に転じ、インフレ傾向を何とか食い止めようとした。
中国政府のインフレ退治策はどれほど有効であるかが、この原稿を書いている1月下旬の時点ではまた判断できないのだが、経済の引き締め政策は必ずや、その副作用としての別効果をもたらしてくることだけは確実であろう。つまり、すでに始まったダブル・バブルの崩壊がそれによって早められることになるに違いない、ということである。
このままいくと、2008年という年は結局、中国バブルの崩壊と、中国高度経済成長の神話の破綻する年となるのだろう。
