地政学とリアリズムの視点から日本の情報・戦略を考える|アメリカ通信

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石平の中国レポート

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論語と石平

『私は「毛主席の小戦士」だった』より

お祖父さんは、田舎の漢方医だった。私たちの暮らす村だけでなく、周辺の幾つかの村でも頼りにされる、地域の「名医」であったようだ。

その時、田舎の知識人たちも、ほとんど「革命」によって、迫害を受ける身となったが、お祖父さんだけは無事であった。やはり紅衛兵も「造反派」も、もし自分たちが病気になった場合、この「名医」のお世話にならざるを得ないことくらいは知っていたから。

そういうわけで、祖父と祖母と私、老人と子供からなるこの3人家族の生活は、いたって平穏で安定していた。

私は7歳になると、村の小学校に通うことになったが、その学校の先生たちはといえば、要するに、地元の中学校の卒業生が、そのまま小学校の教師になったようなものである。

結局、私の啓蒙教育を引き受けたのは、やはり漢方医のお祖父さんである。

「算数ぐらいは学校で勉強してもよいが、お前の国語(中国では「語文」という)の勉強だけは、あんな青二才の先生には絶対任せられない」というのがお祖父さんの弁であった。

私が小学校に上がったその日から、熱心な「教育ジジ」となったお祖父さんは、毎日の日課として私一人を相手に、自己流の国語授業を行うことになった。

つづきはこちら『私は「毛主席の小戦士」だった』よりの続きはこちら

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